地図の「正確さ」と「美しさ」

製図には2種類ある。狭義の「製図」は英語のtraceに当たり、模写、透写等の意味であるいわば「手を使う製図」といっていいであろう。広義の「製図」はdraftに当たる。製図という意味のほかに下図、企画、立案といった意味を併せもっている。すなわち、 traceの前に行なう企画や編集を含み、 traceの後の製版・印刷までを考えた「製図」が、これである。traceが「手を使う製図」であるなら、draft は「頭を使う製図」といえる。製図に2種類あることを知っておかなければ、美しく理にかなった地図は作れない。地図における「正確」「美しい」は、それぞれ前記のscienceとartに対応して使われているのである。ただ、地図の「正確さ」とは何か、「美しさ」とは何か、さらに一歩進んでみると、問題はそう簡単ではない。例えば、ここに移転案内図があるとする。この図と2万5千分の1地形図の「正確さ」の差はかなり大きい。移転案内図は、方位縮尺がなくても成り立つ。そこで大切なのは、ある家が駅や道路や目印となる他の建物と、どういう位置関係にあるか、ということであり、それがある一貫性を保っていれば、方位はどうでもいいし、縮尺も家の近所は大きく、家から離れるに従って小さくなってよい。この「正確さ」を地形図のそれと同等に論じるのは無理である。といって、移転案内図が不正確かといえば、そんなことはない。その図を使って用は足せるからである。このように、 「正確さ」ということを考えてみても、それは、①図の目的、②縮尺、③対象とする利用者などで、その意味は変わってくる。縮尺2,500分の1の地図で道路の幅は測れて、2万5千分の1の地形図で道路幅を測る人はいない。製図の条件としての「正確さ」は、 「信頼性」と言い換える方がいいように思われる。この言葉には、図によって許容される「正確さの幅Jといった意味がくみとれるからである。地図の「美しさ」というのも、取り扱いの難しい問題である。しかし、製図の条件としての「美しさJ、すなわち、いかにしてそれを作り出すか、という観点から考えることも必要である。